大阪の建築家 石丸信明

育ちの場にこだわりを

コンビニエンスストアが、あちこちに開店し、特に都会の単身者の住まい方が変わってきている。ワンルームマンションに住むと、例えばキッチンの機能はコンビニが代行するし、居間の代わりに喫茶店で友達と語り合う。外食産業は成長を続け、洗濯もコインランドリーで済ます。家の機能を都市が補完するようになり、極端なことを言えば、家は寝に帰るだけになってきている。住宅と都市との関係が明らかに変容してきているのだ。

子供がいる住宅の場 合はどうであろうか。現在の子供は、豊かな時代にモノに囲まれて生きている。高校生にもなると、その持ち物はほぼ、大人と同じ内容になり、中でも次の時代 に子供室のあり方を変える存在は、恐らく携帯電話とインターネッであろう。この二つは、情報を非常に個人的なものにし、一見均質で大量の情報が得ることが 出来る。

この情報革命は、住宅の在り方や家族の在り方を変える可能性がある。 今までは、「家」という枠組みを通過して、社会とコンタ クトを取っていたのが、直接外部と接触し、関係を成立させることができるようになる。具体的には、今までは住宅の中に電話の場所があり、そこからもれてく る会話や取り次ぎの際に、ある程度親がコントロールすることができた。親は子供と社会の接触を理解することができた。しかし、外部から直接子供に入ってく る携帯電話は、親のコントロールを不可能にし、接触の中身を想像する糸口さえ与えない。

このような、「家」の機能を喪失する状況を受け入れるなら、もはや住宅は各個人が寝泊まりできる部屋が数個あるだけで成立するのかもしれない。しかし子供を育てる場として住宅を考えるなら、やはりこだわりや個人の思いといったものが必要ではないだろうか。

Nさんは、自分はサラリーマンなので家業を子供に継がせるわけでもない、だから家は子供に唯一残すものとして、何より自分が納得できるものにしたいと設計 の依頼に来られた。「趣味が現代美術の絵画を集めることなので、生活空間にギャラリー空間を融合させたい」。住宅は、その家族のミクロコスモスである。こ の場合父親の強い思いが、世界に一つしかない住宅を作り上げた。

子供が成長するということは自我の獲得であり、当然他者の自我との格闘 が必要である。この家の子供にとっては、住宅が父の強い思いと自我との戦いの場となる。住むことによって、自らがよって立つ場を意識させられ、その意識と の相克の中でじっくりと自我を獲得する。そのようにして、住宅は「家」というミクロコスモスの、そして家族の伝統を継承する場として生き続けていくべきだ と、私は考える。
1999年9月2日(木曜日)  毎日新聞掲載