大阪の建築家 石丸信明

石丸信明のヒトとモノの物語

なぜパーティクルボードか

プロダクトデザインの世界では、INVERSE MANUFACTURERINGという概念がある。製品を製造する段階で廃棄の状況も予め考慮し、デザイン生産していくことでもある。
現在、日本での木材の再生率は、産業廃棄物と定義される廃材の約20%にとどまっている。パーティクルボードは、チップになった木材の廃材を原料とし、高温で圧力をかけ接着剤で固めたものである。木質系廃材ーチップーパーティクルボードと何度も循環が可能な木質系再生材である。
各ボード類の使用比率を1999年FAOの資料で調べてみると、日本は、欧米と比較して特異な状況にある。合板の比率が非常に高く、パーティクルボードの比率が低い。パーティクルボードが、構造材としてあまり使われずに主に合板が使われている結果である。
私にとっての阪神淡路大震災における被災体験は、私と私以外の関係を再度構築せねばならない状況に追い込まれた。そのような時期に出会ったのが、パーティクルボードである。パーティクルボードは、リサイクル可能であること。またその利用が、木質系廃材再生率の向上を促す。つまり、RECYCLE + ECOLOGY = RECO という概念に眼を向けさせることとなった。
現在日本での主な使われ方は、ハウスメーカーの住宅における床や壁の下地材として、あるいはキッチンメーカーの扉の芯材として使われている。私自身、パーティクルボードの新たな使い方として家具の提案を行い、リサイクル可能な家具 「RECO PROJECT」が生まれた。
今回の住宅である「RECO-house」では、私の「RECO PROJECT」に共感された建築プロデューサーの大内氏が中心となり、住宅において新たな実験が行われた。「RECO-house」では、パーティクルボードを下地材としてではなく仕上げ材として、さらに構造材として使い、新たな可能性を開いている。
●RECO PROJECT
URL http://recoproject.com

デ・ルッキとピアノ

イタリアの建築家のミケール・デ・ルッキとレンゾー・ピアノのことである。愛称を込めて、デ・ルッキとピアノと呼ばさせて頂きたい。
デ・ルッキはエットレ・ソットサスが率いたメンフィスというグループで80年代名を上げた。建築家としてだけでなく、プロダクト特に照明機具のデザインで有名である。アルテミデ社のTOLOMEOはヒット商品としてよく目にする商品である。先日、彼の照明器具のデザインに関して、講演を聞く機会があった。ローマとミラノには大勢のスタッフを抱える事務所があるのだが、彼の創作の原点は、小さな村である。そこでは、デザインのインスピレーションを沸かすために、スケッチやオブジェの制作をきわめてアート的に考え、アトリエとしての生活を行っている。そこで、アイデアが浮かぶと、引退した職人たちにより、プロトタイプを制作させる。それを、ミラノやローマの事務所に持っていき、より現実の商品に実現をさせる検討に入っているようである。その話しを聞いて、レンゾー・ピアノのジェノバの事務所を思い出した。
コートダジュールの東の端に位置し、地中海に面する南斜面に寄り添うように事務所がある。その中に模型制作室があるのだが、引退した大工が木製の模型を制作する。道具は、職人の本物が並ぶ。彼の設計した建物からは、建築の最先端の技術を駆使する印象がある。最先端の事務所ならば、事務所もコンピューター等最新の道具だけで設計しているのかと思っていたが、もう一つの軸に職人に対する敬意がある。
かれらの職人の仕事をデザインの中に組み込むことに、イタリアデザインのオリジナリティーを感じる。
特に彼らの作品で、日本と大きく違う点は金物である。ヨーロッパでは、鋳物が厳然残っており、自在にデザインした造形を組み込んでいる。日本では、金物において職人が仕事をする範囲は、非常に狭く工場でのラインに乗った作業がメインである。どうしても、ちょっとした小技を聞かせることが難しく、システム的な造形になってしまう。金物に職人の手仕事の気配を感じることはほぼ出来ない。
パーティの場で、デ・ルッキのデザインした腕時計を見せると、奥さんとこんなのもあったなあと喜んでくれた。自分のデザインしたプロダクトは、彼らにとって子供のようなものでもあるのだろう。

デザインと男/女

私自身、女はいつも気になっているのだが、最近デザインを進めていて引っかかることの一つが、やはり女である。特定の人々のための設計ではなく、不特定多数を対象とする空間をデザインする機会がふえるにつれ、実はその対象が男ではなく女という意識を持つ機会が増加している。
一般誌に住宅・建築・デザインが掲載される機会が増加している。男性誌が目に付くが、本当は影響力を持っているのは、女性誌の方である。自立する女が増えるほど、その世代にあった月刊誌が創刊され売れている。住宅の第1次取得者層は、団塊の世代の子供に当たる30才前後にシフトしている。消費の中核は、女が担っている。
翻ってモノをデザインする側は、ファッションや日用雑貨の世界を除き、依然として男主体である。道路・橋・鉄道・ダムといった土木構築物は、全て男が設計していると言っていいだろう。建築やインテリアにも女性の進出がふえているとはいえ男主体である。また、車や家電にしても、然り。NHKの番組「映像の20世紀」をみていると、20世紀は男主体であったことがよくわかる。21世紀は確実に男から女へ主体が移行するであろう。
デザイナーといわれる人にゲイセンスの人が多い。サンフランシスコはゲイの町で有名である。街で見かけるグラフィックのセンスは、一種独特の色使いである。ニューヨークでもロンドンでも東京でもない。感性の世界から見ると、居心地がいい。何か肩肘張ってがんばらなくても、いいものはいいと皆が素直にいっているような気がする。
もちろん、男であろうと女であろうとデザインするモノ自体がよければ、どちらからも受け入れられる。しかし、社会が望んでいる声なき(女の)声が少しずつ大きくなってきている。もっと、女を受け止める時期に来ている。例えば、男と女の感性の海を行き来出来るデザインはあり得ないのだろうか。そこには、未来への芽が内包されている気がしてならない。

芦屋川の景観

今回は、モノといっても少し大きく景観に着目してみたい。芦屋川は、六甲山より流れる川のひとつである。山から平地の部分が短く、いきなり海に流れ込む。天井川であり、長年の土砂の堆積により川の底面が平野部より高い位置にある。芦屋川の場合は、JRの線路が川の下を潜っている。
上流には、フランク・ロイド・ライトが設計したヨドコウ迎賓館(旧山邑邸)がちょうどこの川筋を見下ろすように建っている。おそらく、ライトはこの景色を堪能し、それを楽しむための家を考えたに違いない。
川自体は、道路面から2段下がった形になっている。水面の両側に、道路面から1段下がり遊歩道が整備されている。道路側の歩道に松並木が続いている。松は長い風雪に耐え、風の向きに傾いている。川の流れは、いつも水量が在るのではなく、雨が降ったあとは流れあるのだが、晴れた日が続くと干上がってしまう。
この遊歩道が気持ちいい。私は、朝早く起きたときによくこの芦屋川を河口に向かって散歩する。遊歩道が一般の車道から降りた所にあり、水面や、草、松並木、空といろいろ感じながら河口に向かう。河口では、対岸に人工島や、高速道路が海の上を渡り都会的な光景を作り出しているが、やはり海である。潮の満ち引きにより水面の位置が毎回変わり、自然を感じさせる場である。
私のように芦屋川の散策を愛する人が多く、犬の散歩やジョッキングをしている人々と軽い挨拶をする。少し驚いたのは、妙令の男性が、自主的にごみを拾っていることだ。ビニール袋を用意し、だれにもいわれず淡々とごみを拾っている。
アフォーダンスという言葉がある。アフォードという・・・する。・・・することができる。・・・余裕がある。という動詞から展じ、空間やモノが人に何かを、与するということをいう。素晴しい景観は、ヒトに何らかの働きかけを行い、ヒトは景観に愛情を感じ、ある意識下での行動を規定する。非常に繊細ながら確かな関係を構築する。近隣の人々はその風景を愛し美化を心がける事が暗黙の了解である。しかし車でバーベキュー等やってくる一部の外部の人には、それがわからないようだ。騒いだ後ごみも片付けず、放置したまま帰っていく。景観からのアフォーダンスを、分かる人には分かるのだが、分からないひとには分からない。不思議な関係だ。

私自身、子供の頃から好きな色は青だった。青の原風景は海の色である。水は無色透明であり、本来固有の色を持たない。しかし、水が面をつくると、反射する色を映し出し、水を透過する何かの色を醸し出す。海の色は絶えず変化する。以前曇天の霧雨時に、明石海峡大橋の下をくぐったのだが、グレーの空の下、海の色がグレーとなり恐怖感すら感じた事がある。
東山魁夷の唐招提寺御影堂障壁面を見る機会があった。「濤声」というテーマで海を描いているのだが、その青色とも緑色ともいえぬ色は、どこにも見た事がない色だった。正しく、魁夷ブルーといっていい。日本画は、題材や構図が単純である事が多いのだが、絵の具に関して、各画家が独自な顔料を使って、オリジナルな色合いを出そうとする。東山魁夷の青色は、その顔料自体も非常に独自なものであるはずだ。
オランダの画家フェルメールの絵に「青いターバンの少女」という傑作がある。NHKのテレビ番組を見ていると、その青色について説明がなされていた。ターバンの部分に塗られたウルトラマリーンブルーは、雨上がりの光の効果を作りだし、表面の質感は、砂の凹凸があり微妙な光の違いを生みだしている。この青の絵の具は、アフガニスタンで取れるラピスラズリーという、ダイアモンドに匹敵する高価な石を細かく砕いた物である。オランダが貿易に栄えていた頃、アフガンからもたらさっれた石を砕き、絵の具として使おうとするフェルメールの意志を感じる。また、高松塚古墳の壁画に使われていた青の顔料も、このアフガニスタンのラピスラズリーだそうだ。
青は人を魅了する。高価な鉱石さえも顔料として使おうとする人の意志には、洋の東西を問わず、時代を問わず通ずるものがある。