大阪の建築家 石丸信明

私自身、子供の頃から好きな色は青だった。青の原風景は海の色である。水は無色透明であり、本来固有の色を持たない。しかし、水が面をつくると、反射する色を映し出し、水を透過する何かの色を醸し出す。海の色は絶えず変化する。以前曇天の霧雨時に、明石海峡大橋の下をくぐったのだが、グレーの空の下、海の色がグレーとなり恐怖感すら感じた事がある。
東山魁夷の唐招提寺御影堂障壁面を見る機会があった。「濤声」というテーマで海を描いているのだが、その青色とも緑色ともいえぬ色は、どこにも見た事がない色だった。正しく、魁夷ブルーといっていい。日本画は、題材や構図が単純である事が多いのだが、絵の具に関して、各画家が独自な顔料を使って、オリジナルな色合いを出そうとする。東山魁夷の青色は、その顔料自体も非常に独自なものであるはずだ。
オランダの画家フェルメールの絵に「青いターバンの少女」という傑作がある。NHKのテレビ番組を見ていると、その青色について説明がなされていた。ターバンの部分に塗られたウルトラマリーンブルーは、雨上がりの光の効果を作りだし、表面の質感は、砂の凹凸があり微妙な光の違いを生みだしている。この青の絵の具は、アフガニスタンで取れるラピスラズリーという、ダイアモンドに匹敵する高価な石を細かく砕いた物である。オランダが貿易に栄えていた頃、アフガンからもたらさっれた石を砕き、絵の具として使おうとするフェルメールの意志を感じる。また、高松塚古墳の壁画に使われていた青の顔料も、このアフガニスタンのラピスラズリーだそうだ。
青は人を魅了する。高価な鉱石さえも顔料として使おうとする人の意志には、洋の東西を問わず、時代を問わず通ずるものがある。